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トヨタ自動車の元社長で現 最高顧問の
豊田英二(とよだ えいじ)氏が死去しました。

 

 

 

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豊田氏は、2010年2月から
体調を崩して入院していた
そうですが、9月17日の
午前4時32分に、心不全により
愛知県豊田市の病院で死去されました。

享年100歳でした。

葬儀・告別式は近親者で行い、
後日、お別れの会を開くそうです。

喪主は長男でアイシン精機会長の
豊田幹司郎(かんしろう)氏です。

豊田家家系図はこちら

豊田英二氏の略暦と功績

・1913年9月12日 愛知県に生まれる。
・1936年 東京帝国大学工学部機械工学科を卒業。
・1936年 豊田自動織機製作所(現豊田自動織機)入社
・1937年 トヨタ自動車工業に転籍し国産乗用車の開発に従事する。
・1945年 取締役技術部長に選任される。
・1950年 常務に就任。
・1953年 専務に就任。
・1960年 副社長に就任。
・1967年 トヨタ自動車工業社長に就任。
・1982年 社長を退き、会長に就任。
・1990年 勲一等旭日大綬章を受章。
・1994年 取締役を退任。名誉会長を経て、最高顧問に就任
・1994年 米国自動車殿堂入り
(本田宗一郎氏(ホンダ創業者)に次ぐ日本人2人目)

日米自動車摩擦の中、
米ゼネラル・モーターズ(GM)との
合弁会社【NUMMI】を設立し、
アメリカでの合弁生産に尽力しました。

また、部品在庫を抑え、生産効率を
向上させる「カンバン方式」も確立し、

「世界のトヨタ」発展への礎となりました。

会長に退いてからも、高級車ブランド
である「レクサス」を立ち上げ、

顧問となってからも持ち前の求心力は
衰えることを知らず、トヨタグループ各社の
精神的な支えであり続けました。

歴任の役職は?

・財団法人トヨタ財団評議員
・財団法人2005年日本国際博覧会顧問
・社団法人日本自動車会議所顧問
・財団法人科学技術交流財団特別顧問
・財団法人がん研究振興財団理事
・財団法人助成財団センター顧問
・財団法人国際文化交換協会評議員
・社団法人日本ポルトガル協会理事
・財団法人立松財団評議員
・財団法人大河内記念会顧問
・財団法人日本美術協会相談役

自動車関係以外でも
多くの要職を歴任されました。

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豊田英二氏の名言集

豊田氏について調べていたところ、
名言集を見つけました。

内容的にも素晴らしいものでしたので、
引用させて頂きます。

何も考えないことが、何より悪いことだ。

 

企業を良くしようとすれば、どうしても人材教育を熱心にやらざるを得なくなる。それも単なる技術研修ではなく、全人格的な人間教育が必要になる。トヨタでは創業以来、これが企業文化の最大のものだ。全人格的な人間教育は、日本的な終身雇用、労使の相互信頼関係が最重要なバックボーンになる。

 

いかに立派な社是・社訓でも、これがひとつの社風になるまで年期を積み上げないとものにならない。そして、社風なき会社からは、立派な人材や製品は生まれてこない。

 

自動車は一度損をし始めたら、たちどころに泥沼に入り込んでしまう。逆に今がピークだと思ったら終わりだ。企業が発展し続けるには、少なくとも自己増殖できるだけの利益は、絶対に確保しなければならない。

 

引用元:名言DB

トヨタだけでなく、日本の自動車技術、
ひいては経済にまで多大な功績を
もたらした豊田氏。

ゆっくりと、安らかにお眠り下さい。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。